2012年 3月 3日掲載

国民と政府にウソをついて喫煙対策を妨害するJTに抗議する

NPO法人 日本禁煙学会 理事長 作田 学

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 厚生労働省は、「喫煙率については、平成34(2022)年度までに、禁煙希望者が禁煙することにより、成人喫煙率を12.2%とする…」(2012年2月1日第31回がん対策推進協議会資料)を国としての喫煙対策の素案にする意向を示した。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000021l3w-att/2r98520000021l8j.pdf

【参考】http://sankei.jp.msn.com/life/news/120201/bdy12020122130002-n1.htm
産経ニュース
喫煙率12%目標盛り込む 次期がん基本計画の素案
2012.2.1 22:12 [病気・医療]
 厚生労働省は1日、2012年度からの次期がん対策推進基本計画の素案を、がん対策推進協議会(会長・門田守人がん研有明病院長)に提示した。働く世代や小児対策の充実など既に示していた骨子に加え、10年後の喫煙率を12・2%に減らすなどの数値目標を盛り込んだ。低迷するがん検診受診率の目標値でさらに検討を続け、6月に正式決定する。
 素案では22年度までに、禁煙したい人が禁煙することで成人喫煙率を10年の19・5%から12・2%にするとし、未成年の喫煙は継続して「なくす」ことを目標とした。受動喫煙の機会も半減を目指し、飲食店で15%(10年50・1%)、家庭で3%(同10・7%)に下げる。行政機関と医療機関は0%とする。また20年までに受動喫煙のない職場を実現する。たばこに関する目標値の明示は初めてで、協議会は基本的に了承した。


 JTは、それに対して、「次期がん対策推進基本計画」、「次期国民健康づくり運動プラン」に喫煙者率削減を数値目標として示すことには強く反対します」として、いくつかの資料とともに意見を発表した。
http://www.jti.co.jp/corporate/enterprise/tobacco/responsibilities/opinion/mhlw_setup_value/20120126/index.html

「喫煙者率削減の数値目標設定」に関する意見

 2012年1月24日付 新聞各紙において、「次期がん対策推進基本計画」および「次期国民健康づくり運動プラン」の厚生労働省案で「喫煙者率削減の数値目標を明記する」との報道がなされました。
 日本たばこ産業株式会社(以下、JT)は、「次期がん対策推進基本計画」、「次期国民健康づくり運動プラン」に喫煙者率削減を数値目標として示すことには強く反対します。
 その基本的な考え方は以下の通りです。
  • たばこは合法な嗜好品であり、喫煙するかしないかは、適切なリスク情報を承知した成人個々人が、自らの健康に与える影響を勘案して判断すべきものであると考えています。したがって、禁煙を希望する方が、自らの意志で禁煙されることについて異を唱えるものではありません。「健康日本21」、「がん対策基本法」に基づく各種施策や喫煙場所規制、分煙社会の進展等により日本の喫煙者率は近年急激に減少し、既に欧米先進諸国と同等の水準となっています。現在、「健康日本21」では「やめたい人がやめる」との目標が設定されていますが、これを変更して喫煙者率削減に関する数値目標を新たに設定することは、本来個々人の選択の結果として決まる喫煙者率について、国の介入によって特定の数値に誘導しようとするものであり問題があると考えます。
  • JTは、喫煙は特定の疾病のリスクを高めると認識しています。しかしながら、がんを含む生活習慣病は、喫煙のみならず、運動不足、飲酒、栄養の偏りなどの生活習慣や加齢、生活環境等の要因が複雑に絡み合って発症するものです。たばこ関連疾患の代表例とされる「肺がん」による死亡率と喫煙者率との間には、国別に見ても明らかな相関があるとはいえません。我が国においても、男性の喫煙者率は1966年をピークに大幅に減少し、女性の喫煙者率はほぼ一定で推移しています。一方、肺がん死亡率(年齢調整)は、男女とも同じ傾向で90年代後半をピークに減少しており、喫煙者率と肺がん死亡率(年齢調整)との間に明らかな相関があるとはいえません。
 以上を踏まえると、喫煙者率削減のための数値目標の設定等といった、喫煙に偏った施策のあり方には疑問があります。
 今後正式決定される「次期がん対策推進基本計画」および「次期国民健康づくり運動プラン」の策定にあたっては、たばこは幅広いお客様に支持いただいている大人の嗜好品であり、健康の観点のみならず、国・地方の一般財源として多大なる貢献をしている財政物資としての位置付け、全国のたばこ販売店や葉たばこ農家を含めた国内たばこ産業全体への影響等も踏まえ、一方的にたばこ対策に偏らない幅広い観点から、バランスの取れた実効性の高い内容とすべきと考えます。
 私どもJTは、未成年者喫煙防止活動はもちろん、たばこを吸われる方と吸われない方の協調ある共存社会の実現を目指し、分煙推進活動をこれからも積極的に実施してまいります。
2012年1月26日
日本たばこ産業株式会社
代表取締役社長 木村 宏
国民と政府にウソをついて喫煙対策を妨害するJTに抗議する
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 JTは2007年にもほぼ同じ文言の文書を発表している。
http://www.jti.co.jp/news/opinion/20070425/pdf/opinion20070425_02.pdf

 この5年前の文書に対しては、当学会がJTの見解の誤りを指摘し、CSR上見過ごすことのできない行動であると指摘した。それにもかかわらず、今回同じ主張を繰り返している。社会的責任を果たす企業であるならば、このような常識に反した主張を蒸し返す事はできないはずである。

 5年前の繰り返しになるが、JTの主張を要約すると、次のようになる。

 ①  ガンや心臓病、脳卒中などはタバコだけでなく、他の様々な原因が複雑に絡み合って起きているのだから、タバコだけを狙い撃ちにした対策は適切でない。

 ②  この30年間、喫煙率が下がってきたのに、肺ガンは減っていない。肺ガンとタバコは関係ない。

 ③  国と地方の財政に大きな貢献をしているタバコ産業に配慮した施策にすべきだ。


 これらの主張はすべてウソである。
 以下に各項目に対する反論を行い、真実を明らかにする。



JT ガンや心臓病、脳卒中などはタバコだけでなく、他の様々な原因が複雑に絡み合って起きているのだから、タバコだけを狙い撃ちにした対策は適切でない。
反論 日本人男性の寿命を縮めている一番大きな原因はタバコである。
禁煙推進こそが健康寿命を伸ばす対策として最優先である。

図1

 2012年1月に東大の池田氏らのグループは、喫煙、高血圧、糖尿病、肥満、運動不足などの生活習慣や病気がそれぞれどれほど寿命を縮めているのかを試算して発表した(図1)。それによれば、日本人男性の命を縮めている最大の原因はタバコだった。第2位の高血圧のおよそ2倍の影響だった。ちなみに、高血圧、糖尿病、高コレステロール血症、肥満をすべて合わせても、タバコの短命効果には及ばなかった。
 JTの「がんを含む生活習慣病は、喫煙のみならず、運動不足、飲酒、栄養の偏りなどの生活習慣や加齢、生活環境等の要因が複雑に絡み合って発症する」という主張はその限りでは正しい。しかしながら、これらを総合的に検討して得られた最新の科学的研究の結果は、日本人(男性)の健康寿命を延ばすためには、禁煙を進めることが最優先の課題であることを示している。JTが社会的責任を果たそうと言うなら、こうした科学的証拠を受け入れ、自らの偏った主張を撤回するのが当然である。



JT この30年間、喫煙率が下がってきたのに、肺ガンは減っていない。肺ガンとタバコは関係ない。
反論 男女とも、喫煙率の増減から30年のタイムラグで肺ガン死亡率が増減しており、喫煙と肺ガンには密接な関連がある事が証明されている。

図2 (JTのグラフ)

 JTは喫煙率と肺ガン年齢調整死亡率のグラフを示して、男女とも喫煙率と肺ガン死亡率のグラフが一致して動いていないから「喫煙者率と肺がん死亡率(年齢調整)との間に明らかな相関があるとはいえません」と述べている。
 JTは本気でそう考えているのだろうか?もしそうなら、このレベルの疫学的知識では企業としての社会的責任はとても果たせない。もし意図的に国民をごまかそうとしているのなら、それは犯罪的でさえある。
 第一、喫煙率の増減と肺ガン死亡率の増減の間には、30年ほどのずれ(タイムラグ)があるという疫学的常識を否定している。喫煙と肺ガン死亡率にタイムラグのある事は、すでに米国など、喫煙率が減少に転じた多くの先進諸国で確認されている(図5)。いったいJTは、タバコを吸い始めて肺ガンが発生するまで何年かかると思っているのか?タバコを吸い始めて1年もたたないうちに肺ガンが発病するのなら、喫煙率と肺ガン死亡率はほぼ一致した動きとなるだろうが、喫煙開始と肺ガン発生の間にはおよそ30年のタイムラグがあるのだから、喫煙率のピークからおよそ30年後に肺ガン死亡率のピークが現れる。喫煙率のピークアウトした多くの先進国でこのことが証明されている。JTがこのように主張したのは今回が初めてではない。2007年にも同じ主張をしている。
 第二、JTは女性の喫煙率の増減と肺ガン死亡率の関連をわかりづらくするようなグラフの描き方をしている。JTのグラフでは、この60年間女性の喫煙率はほぼ横ばいのように見える。ところが、JTの喫煙率調査と厚労省の死因統計を拾いなおして、改めて作図すると、印象は大きく変わる。JTは喫煙率を5年おきに表示しているが、実は1958年から毎年の喫煙率が公表されている。それを用いて描記したのが、下の二つのグラフである。グラフの縦軸は成人喫煙率(%)と肺ガン死亡率(年齢調整。対10万人・年)、横軸は暦年である。


図3 日本人成人男性年齢調整肺ガン死亡率と喫煙率


図4 日本人成人女性年齢調整肺ガン死亡率と喫煙率


図5 タバコ消費量と肺ガン年齢調整死亡率:米国http://cancergrace.org/lung/2010/10/19/wakelee-intro-to-lcins/

 男性の喫煙率は1965年頃ピークとなりそれ以降漸減した。肺ガン死亡率(年齢調整)はおよそ1995年頃をピークとして下降を始めた。喫煙率のピークと肺ガン死亡率のピークは約30年ずれている。
 JTのグラフでは女性の喫煙率は60年間横ばいというように見えるが、書き直しのグラフでは1966年の18%をピークとして、その後徐々に10%まで漸減してきたことがわかる。女性の年齢調整肺ガン死亡率は、喫煙率のピークから30年後の1996年まで漸増し、それ以降漸減に転じた。
 以上から明らかなように、日本人でも、男女ともに、喫煙率のピークからほぼ30年後に肺ガン年齢調整死亡率のピークが発現している。

 さて、肺ガンと喫煙に因果関係があることは、この喫煙率と肺ガン死亡率のタイムラグの存在以外に、禁煙すると肺ガン発生率も減ることによっても裏付けられる。さらに、喫煙は肺ガン以外の多くの部位のガンの発生と関係があるから、禁煙によって全ガン死亡率も減る事が明らかにされている。(図6)


                 図6



JT 国と地方の財政に大きな貢献をしているタバコ産業に配慮した施策にすべきだ。
反論 タバコは日本経済に毎年4兆円以上の損害をもたらしている

 JTは「たばこは幅広いお客様に支持いただいている大人の嗜好品であり、健康の観点のみならず、国・地方の一般財源として多大なる貢献をしている財政物資」と主張するが、医療経済研究機構の「禁煙政策のありかたに関する研究 ~喫煙によるコスト推計~」*によれば、2008年度のタバコ税収は2兆2,703億円に対して、タバコによる経済コストは6兆3628億円(2005年)であり、タバコは毎年日本に4兆円以上の経済的損害をもたらしている事が明らかにされている。タバコは国・地方の財源に『多大なる』損害を与えているというのが真実である(図7)。
*http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=%E5%96%AB%E7%85%99&source=web&cd=1&ved=0CCoQFjAA&url=http%3A%2F%2Fwww.ihep.jp%2Fpublications%2Freport%2Fsearch.php%3Fdl%3D26%26i%3D1&ei=-3ZMT8DpMo3kmAXN4ewE&usg=AFQjCNE_zkbdXWOig8rC-GH2Kwu0v0B04Q



図7(損害金額は四捨五入のため原典と若干の違いあり)


むすび

  • 以上論証したように、わが国の喫煙対策に対するJTの「意見」は「ウソとごまかし」に基づいたものである。しかも5年前と同じ主張を繰り返していることは極めて悪質である。
  • JTが市民社会の良識と相いれない企業活動を続けていることが改めて明らかになった。
  • 喫煙対策、公衆衛生対策の立案にタバコ産業の参加・介入を禁じた世界保健機関タバコ規制枠組み条約を厳格に履行するよう、政府および各自治体に強く要望する。
  • マスメディアの皆様方には、企業コンプライアンスもガバナンスも欠いたJTの主張の誤りと喫煙対策の必要性を積極的に報道頂けるよう要望する。