第2巻第1号 2007年1月1日


目次



《原著論文》 ネオシーダーの依存性について
洲本市健康福祉部健康福祉総合センター・洲本市応急診療所 山岡雅顕
《原著論文》 加濃式社会的ニコチン依存度調査票を用いた病院職員(福岡県内3病院)における社会的ニコチン依存の評価
産業医科大学呼吸器内科・加濃式社会的ニコチン依存度ワーキンググループ 吉井千春、他
《原著論文》 小学校高学年生の喫煙に対する認識と禁煙教育の効果
えんどう桔梗こどもクリニック 遠藤 明、他
《歴 史》 Tabakgenuss und Gesundheit(喫煙と健康) Fritz Lickint 1936年
杏林大学第1内科客員教授 作田 学
《記 録》 日本禁煙学会の対外活動記録(2006年12月)

《原著論文》

ネオシーダーの依存性について
洲本市健康福祉部健康福祉総合センター・洲本市応急診療所 山岡雅顕

キーワード:ネオシーダー、喫煙、ニコチン


1. はじめに
 ネオシーダー(図1)は、1960年に喫煙者の鎮咳・去痰剤として旧厚生省が認可した一般用医薬品で、全国の薬局・薬店で販売されている。1箱20本入りで、外見はタバコに似ており、使用方法は火をつけてフィルターを通して煙を吸い、また、外箱にはニコチン・タールの記載もないことから、禁煙した者がタバコ代わりにネオシーダーを使用し続ける例もある。薬局・薬店もニコチン・タールは含有しないと説明し、禁煙外来においても医師が喫煙者にネオシーダーを勧めていたこともあった。本論文では、インターネットを通じてネオシーダー依存症例からの相談を通じてアンケートをとり、タバコと同様の依存性があるかどうかを分析した結果を述べる。

2. 対象と方法
 洲本市禁煙専門外来のホームページ1)にネオシーダーがニコチン・タールを含むことなどについて掲載し、これをみてネオシーダーがやめられないで困っているという相談を寄せたネオシーダー利用者に、相談に答える際にアンケート(表1)を実施した。また、ネオシーダーの論文情報なども提供する専用のホームページ2)を2003年4月9日に新たに開設し、ここからネオシーダー依存について相談を寄せられた際にもアンケートを実施した。アンケートは、メール本文中に記載し、メールで回答を頂いた。アンケート結果から、喫煙時のファガストロームニコチン依存度テスト(1991年改訂版:FTND)3)点数を算出した。また、FTNDでは、特に1日の喫煙本数と起床後の喫煙時間がニコチン依存度と関係が大きいと言われているので、ネオシーダーの1日使用本数とネオシーダーの起床後使用時間をFTNDに準じて得点化したものをネオシーダー依存度と定義して点数を算出した(表2)。さらに、喫煙時のニコチン依存とネオシーダー依存の関連を調べるために、喫煙していたときのFTND点数とネオシーダー依存度についてスピアマンの順位相関係数を用いて検定を行った。同様にタバコ本数とネオシーダー使用本数、FTND点数とネオシーダー使用本数の間の関連についても検定を行った。なお、この検定においては、タバコとネオシーダーの併用者を除き、タバコ本数・ネオシーダー使用本数・FTND点数のそれぞれ必要な数値がわかっている対象者のみについて分析を行った。また、禁煙外来受診中にネオシーダーの使用がわかった症例には、ネオシーダー使用前後の呼気中一酸化炭素測定を実施した。

3.結果
 2001年12月~2006年12月の間に相談を寄せた人でアンケートを送った45人のうち、回答を頂いたのは27人であった(回答率60%)。アンケートに回答された27人の結果が表3である。年齢は27歳から68歳(平均40歳)、性別は男性14名、女性13名であった。
 タバコとネオシーダーの併用が4名(症例7,10,17,18)でネオシーダーの単独使用が23名。タバコを吸っていた時の1日平均本数は26.4本、FTND点数は3点から10点(平均6.3)であった。ネオシーダーの購入場所は北海道から九州まで全国に拡がっている。ネオシーダー使用の際には4名がタバコを併用し、23名はネオシーダー単独の使用であった。ネオシーダー購入のきっかけは、「知人の勧め」の8名と「薬局の勧め」の7名で過半数を占めたが、「医師の勧め」や、インターネットを通じて知ったという人もいた。ネオシーダーの使用目的は、3名が鎮咳、19名が禁煙、3名が鎮咳と禁煙の両方であり、2名はネオシーダーを吸うことそのものが目的であった。そのうちの1名(症例16)は、18歳のときにまわりの友人がタバコを吸っていたがタバコは体に悪いと思ってネオシーダーを吸い始め、それ以来10年間毎日30本吸っている人で、もう1名(症例22)は、1年半禁煙していたがネオシーダーならよいと思って毎日30本吸っている人である。ネオシーダー単独使用の人のうち、喫煙していたときの喫煙本数と現在のネオシーダー使用本数がわかっている19名をみると、タバコの本数は平均28.4本/日、ネオシーダー使用本数は平均20.4本/日で、タバコよりネオシーダーの使用本数の方が有意に少なかった(p<0.05、Wilcoxon signed-rank test)。ネオシーダー依存度は1点から6点(平均3.8点)に分布した。ネオシーダー依存度とFTND点数の関連では、スピアマンの順位相関係数rs=0.66(p<0.01)と有意な相関が認められた(図2)。同様に、タバコ本数とネオシーダー使用本数の間では、rs=0.52(p<0.05)(図3)、FTNDとネオシーダー使用本数の間では、rs=0.71(p<0.01)(図4)とそれぞれ有意な相関が認められた。特に、喫煙時のネオシーダーの使用本数が20本以上でかつ起床後5分以内に使用するという依存度が高いと思われる症例は、8例全例が、喫煙していた時のFTNDの点数が依存度が高いとされる7点以上あり、以上のことから、ネオシーダー依存がタバコ依存と同じニコチン依存によるものであることが示唆された。
 また、相談内容をみると、ネオシーダーが止められないことについて切実に悩んでいることがわかる。「止められないのがなぜかようやくわかった」(症例11)、「薬屋さんがタバコよりはずっといいとい言っていたが、今日何気なくホームページを見てびっくりした。知っていたら吸わなかったのになぜきちんと表示してくれなかったのかと思うと腹が立つ。やめようと思ったこともあったがどうしてもやめられない」(症例13)、「止めようと思っていてもついつい買って吸ってしまいます。1日に1箱吸ってしまいます。吸いすぎだと思いながらやめられないです」(症例17)、「タバコをやめてから一年半ずっとネオシーダーを代用しています。特に朝、トイレに行く時などは、これが無いとイライラします」(症例19)、「どのようにしてやめられるのか、教えてください。まったくニコチン等はいっていないのを信用してきました。信じられません」(症例21)、「今じゃネオシーダーなしではいられないんです。まさに中毒だと思います。薬局で『禁煙のお供に…』と勧められて中毒になった訳ですし、薬害に当たると思います」(症例26)
 ネオシーダーの禁断症状についても、「指先が痺れていますし、体がだるく、食欲も低下しています。気持ちもイライラしています。終いにはシケモクに火をつけたり・・・やはりニコチンが含まれていたんだと実感しております」(症例27)と述べている。
 さらに、「妊娠中に禁煙していたが出産後タバコを吸いたくなりネオシーダーならと吸っていた。ニコチンが入っていると知りびっくりした。母乳をあげているが子供への影響はあるか?」(症例8)という切実な質問や、「一日30本は吸ってると思いますが、最近、痰がよくでるし、体には良くないのでしょうか」(症例24)など、「鎮咳・去痰」の薬効とは逆の症状に悩む人もいた。
 症例16は喫煙経験がなく、18歳からネオシーダーのみを使用して依存に陥っている症例であるが、喫煙経験がなくてもネオシーダー依存になることがあるということがわかる。
 また、症例5は禁煙外来受診中に禁煙開始後、ネオシーダーを使用した症例で、喫煙本数・ネオシーダー使用本数と呼気中一酸化炭素濃度の関係は表4の通りであった。15日間の禁煙後にネオシーダーの使用を開始し、一酸化炭素濃度は22ppmとなり、ネオシーダーの使用中止後に3ppmに低下した。このことからネオシーダーの場合もタバコのように一酸化炭素が含まれていることがわかった。
 ネオシーダー使用期間中に、27例中7例がニコチン製剤を使用したことがあり、4例がニコチンガム、1例がニコチンパッチ、残り2例はどの製剤か不明であった。
 ネオシーダーをタバコやニコチン代替療法に手を出さずに半年間止め続ける自信については、0から100%の範囲で、平均33%であった。

4.考察
 最初にネオシーダーの問題を指摘した田中は、ネオシーダーからニコチンが検出され、タールもセブンスター以上の量が検出されたことを報告した4)。これで、タバコの3大有害成分といわれるニコチン・タール・一酸化炭素がすべて検出されたことになる。田中らは毒物に指定されているニコチンが薬効成分以外の物質としてネオシーダーから検出され、依存症例も認められたことから、ネオシーダー製造販売の中止などの早急な対応を求めた。そして、2002年には少なくとも3例がネオシーダー依存症例として厚生労働省に報告されている。
 ニコチンには、ヘロインやコカインと同等の強い依存性があることがわかっている5)。タバコがやめられないのは、ニコチン依存症という独立した疾患として、2006年4月から健康保険が適用されるようになった。今回、ネオシーダーもニコチン依存症であるということが示唆され、実際に切実に悩んでいる人もいることから、医療関係者はその治療について適切な対応をすべきと考える。メールで相談を寄せられた例では「ニコチン・タール」が含有されていることを知ってすぐにやめられた人もいるが、ニコチンガムやニコチンパッチが使用されれば、ネオシーダー依存からの離脱がより容易になると予想される。
 残念ながら、現在に至るまで実態調査や製造販売中止の動きはなく、注意書きの変更すらなされていない。ネオシーダーは、原料にタバコ葉を使用していないので法律上はタバコではないが、実態はタバコと言える。ネオシーダーの説明書には1日10本以内と記載されているものの、依存性があるために、離脱症状が抑止されるだけ使用してしまうという実態がある。よって、1日10本以内という注意書きは、ネオシーダー依存者にとっては無意味である。
 今回は主にホームページを通じたメールでの調査であり、呼気中一酸化炭素濃度や尿中コチニン測定など客観的なデータ収集の協力を求めたが、ほとんどの場合はできなかった。アンケート結果の信頼性については、ホームページから相談を寄せるほどの人であればその回答にはある程度の信頼性は確保されていると考えられるが、対象がインターネットを使用しており、なおかつ、相談メールを送るほどの人であるというバイアスはかかっている。それゆえ、ネオシーダー使用者がどのくらいの確率で依存に陥るかや、実際に全国にどのくらいネオシーダー依存者がいるかの推定などはできない。

5.結語
 現在までのところ、ネオシーダーにはニコチン・タール・一酸化炭素が含まれることしかわかっていないが、タバコと同様の発がん物質やその他の有害物質の有無を早急に確認する必要がある。また、販売が開始されてすでに46年が経過していることから依存性以外のなんらかの重大な有害事象が発生していることが否定できない。さらに、ネオシーダーでもタバコ同様に受動喫煙による健康被害の可能性がある。よって、ネオシーダーの詳細な成分分析とその公表、使用実態や健康被害の調査、依存症例へのニコチン製剤の適用などの救済策、詳細が判明するまでの製造販売の休止と製品回収など、当局・関係機関の迅速な対応と医療関係者による啓発が必要である。

参考文献・ホームページ
1) 洲本市禁煙専門外来&洲本市禁煙支援センターホームページ(2001年8月22日開設)
http://www1.sumoto.gr.jp/shinryou/kituen/
2) 薬害ネオシーダーホームページ(2003年4月9日開設)
http://nosmoke.hp.infoseek.co.jp/neocedar/
3) Heatherton TF, Kozlowski LT, Frecker RC, et al. The Fagerstrom test for nicotine dependence: A revision of the Fagerstrom tolerance questionnaire. Br J Addic 1991; 86: 1119-1127.
4) 田中英夫,野上浩志,中川秀和,蓮尾聖子:ネオシーダーのニコチン含有状況から見た医薬品としての妥当性の検討,日本公衆衛生学会雑誌,49:9,929-933,2002,日本公衆衛生学会.
5) Stolerman IP. et al : The scientific case that nicotine is addictive. Psychopharmacology (Berl). 1995 Jan;117(1):2-10; discussion 14-20.



ADDICTION TO ”NEOCEDAR”

Masaaki Yamaoka
Sumoto City Emergency Department/ Center for Integrated Health and Welfare, Sumoto City Health and Social Affairs Department.

"Neocedar Smoking" is widely marketed in drug stores as an over-the-counter expectorant drug for cigarette smokers in Japan. It is understood that nicotine, tar and carbon-monoxide are contained in the smoke of Neocedar as well as in cigarette smoke. After founding a web site shedding light on the danger of Neocedar, I had a consultation by e-mail with 27 patients suffering from Neocedar dependence syndrome. A significant correlation between the Fagerstrom Test for Nicotine Dependence (FTND) and the Neocedar dependancy was found by the investigation of the Neocedar dependence syndrome patients. Moreover, also the number of cigarettes smoked and the number of uses of Neocedar had a significant correlation. Therefore, it is suggested: that the addiction to Neocedar was the same as for cigarettes; and that it is caused by nicotine addiction.

Key words: Neocedar, nicotine, smoking


原著論文

加濃式社会的ニコチン依存度調査票を用いた病院職員(福岡県内3病院)における社会的ニコチン依存の評価

吉井千春1, 9、加濃正人2, 9、稲垣幸司3, 9、北田雅子4, 9、天貝賢二5, 9、大谷哲也6, 9、栗岡成人7, 9、金 誠圭8、川波由紀子1、城戸優光1
1. 産業医科大学呼吸器内科
2. 新中川病院内科
3. 愛知学院大学歯学部歯科保存学第三講座
4. 札幌学院大学商学部
5. 茨城県立病院内科
6. 群馬大学大学院医学系研究科公衆衛生学
7. 城北病院内科
8. 延世大學校醫科大學内科學敎室(大韓民国)
9. 加濃式社会的ニコチン依存度ワーキンググループ

連絡先
〒807-8555
北九州市八幡西区医生ヶ丘1-1 産業医科大学呼吸器内科
   吉井千春
   TEL 093-691-7453, FAX 093-602-9373
   e-mail: nyan@med.uoeh-u.ac.jp

キーワード:加濃式社会的ニコチン依存度調査票(KTSND)、心理的ニコチン依存、社会的ニコチン依存、喫煙者、非喫煙者

【要旨】病院職員を対象として、「加濃式社会的ニコチン依存度調査票」(The Kano Test for Social Nicotine Dependence; KTSND) KTSND(10問30点満点)の有用性を検討した。KTSND Version 2を県内3病院に配布し269名から有効な回答を得た。喫煙者(61名)、前喫煙者(31名)、非喫煙者(177名)の各群で、総合得点は18.0±5.0、12.2±4.9、12.2±5.3と、喫煙者が前喫煙者、非喫煙者と比較して有意に高得点を示した。設問別の検討では、10問中8問で喫煙歴による有意差を認めた。さらに喫煙者を「1日喫煙本数」および「朝の1本を起床何分後に吸うか」で亜分類したが、各群間で総合得点に差は出なかった。また禁煙のステージによる亜分類でも有意差を認めなかった。一方3病院の喫煙者では、A病院が19.9 ± 4.4、B病院が18.6 ± 4.8、C病院16.0 ± 5.1と、病院間で有意差があった。これらの結果から、KTSNDは喫煙状況をよく反映し、また施設間での社会的ニコチン依存の比較にも有用と思われた。

1.はじめに
 喫煙はニコチン依存症という薬物依存であり、WHOの「国際疾病分類第10版」(ICD-10)やアメリカ精神医学会の「精神疾患の分類と診断の手引き」の改訂第3版および改訂第4版(DSM-Ⅲ-R, DSM-Ⅳ-TR)で診断される。薬物依存としてのニコチン依存には、離脱症状回避のための喫煙欲求に象徴される身体的依存と、離脱症状消失後も持続する心理的な喫煙欲求に象徴される心理的依存が存在する。DSM-Ⅳ-TRによれば、物質依存は「物質に関連した重大な問題にもかかわらず、その物質を使用し続けることを示す認知的、行動的、生理学的症状の一群」と定義される。生理学的症状とそれに起因する行動異常が身体的依存であると見なすと、心理的依存は、認知的症状とそれに起因する行動異常であると考えることができる。心理的依存を構成する要素1)として、1)喫煙時の離脱症状緩和に起因する「喫煙の効用」の錯覚、2)喫煙を正当化する各種メッセージによる社会的洗脳、3)人間が生来陥りやすい非合理的信念、4)防衛規制(不快感情を意識の下に追いやり心の安定を保とうとする働き)、5)心理的リアクタンス(説得によって意見や行動の決定権を脅かされたと感じるとき、説得に反発する意識)、6)コーヒーなど生活習慣と結びついた条件反射的喫煙衝動、が挙げられる。
 社会的ニコチン依存 (Social nicotine dependence) とは、2003年に加濃正人が禁煙指導メーリングリストで提唱した新しい概念である。この概念に賛同する医療従事者、研究者、教育者等でワーキンググループが結成され(代表:吉井千春)、メーリングリスト上で、議論や質問票の試作が重ねられた。社会的ニコチン依存は「喫煙を美化、正当化、合理化し、またその害を否定することにより、文化性を持つ嗜好として社会に根付いた行為と認知する心理状態」と定義している2)。すなわち社会的ニコチン依存は、喫煙者個人の心理的ニコチン依存のみならず、喫煙の害を過小評価し、タバコの効用を錯覚する社会や集団の認知の歪み(誤った思いこみ)を意味し、非喫煙者のタバコを容認する態度も含む広い概念である。
 加濃式社会的ニコチン依存度調査票 (The Kano Test for Social Nicotine Dependence: KTSND) は、喫煙者・非喫煙者の社会的ニコチン依存を評価するための簡易質問票である。我々は、2004年にKTSND Version 1 2) を発表したが、その後さらに改訂作業を続け、現在使用しているのは2006年に発表されたVersion 2(10問30点満点)3) である。KTSND Version 2は、「喫煙の効用の過大評価(正当化・害の否定)」と「嗜好・文化性の主張(美化・合理化)」を定量化する質問群から成り立っている。
 本研究は、種々の集団での試用・評価の一つとして、病院職員を対象とした調査を行い、その有用性について検討した。

2.対象と方法
 対象は福岡県内にある3病院の職員で、著者がそれぞれの病院へ講演(A病院とC病院は「禁煙の講演」、B病院は「結核の院内感染対策の講演」)に行った際に、責任者より承諾を得て実施した。実施時期はA病院が2005年7月20日、B病院が2005 年12月15日、C病院が2006年3月9日である。KTSND Version 2(表1)を講演参加者に配布し、調査の趣旨を説明した。A病院とC病院は講演の前後で調査を行ったが、本研究では講演前のデータのみ解析の対象とした。実際の調査票は配点が消去されており、回答者の背景として、性別、年齢、喫煙状況も記入してもらったが、個人名や個人を特定出来る番号などの記入は行わなかった。喫煙者には、1日喫煙本数、喫煙年数、朝起きてから最初の1本目までの時間を回答してもらった。また禁煙のステージについて、「タバコをやめることについてどう考えていますか?」という質問にも回答してもらった。いずれの病院でも記入された調査票は15分以内に全て回収した。
(禁煙ステージの回答肢)
1)全く禁煙するつもりはない。(Immotives:無関心期)
2)禁煙に関心はあるが、今後6ヶ月以内に禁煙しようと思わない。 (Precontemplators:前熟考期) 
3)6ヶ月以内に禁煙しようと考えているが、1ヶ月以内に禁煙する予定はない。 (Contemplators:熟考期)
4)この1ヶ月以内に禁煙する予定である。(Preparers:準備期)
 354名から回答が得られ、全ての項目について記入漏れのない269名を解析の対象とした。回答者の背景を表2に示す。喫煙歴の内訳は、喫煙者61名(22.7%)、前喫煙者31名(11.5%)、非喫煙者177名(65.7%)であった。性別では女性が199名(74.0%)で、男性(70名)の2倍以上、職種は看護師が116名で43.1%、薬剤師・検査技師・栄養士・事務系など「その他」が138名(51.3%)と過半数を占めた。年齢別では20代が135名(50.2%)で約半数を占めた。喫煙者(61名)のみの内訳は、1日喫煙本数では、1日21本以上の喫煙者は4名(6.6%)と少なく、起床後最初の1本を喫煙するまでの時間は、5分以内と6〜30分を合わせて70.5%を占めた。禁煙ステージ別では無関心期26.2%、前熟考期50.8%、熟考期18.0%、準備期5.0%と、準備期の職員は極めて少なかった。また病院毎の回答者背景を表3に示す。A病院は中都市の田園地帯にある150床の内科系病院、B病院は大都市郊外の住宅地にある317床の総合病院、C病院は大都市中心部にある189床の救急病院である。病院毎の有効回答率に差はなかったが、喫煙率はA病院が21.6%、B病院が17.0%、C病院が34.8%であった。(喫煙率 (%) =調査対象となる集団の喫煙者数 / 調査対象となる集団の総数×100)
 統計処理は、各群間の比較にANOVAとPost HocテストとしてScheffe法を用い、p<0.05を有意とした。

3.結果
1)喫煙状況別のKTSND総合得点比較(図1
 喫煙状況別の総合得点は、喫煙者が18.0±5.0で、前喫煙者の12.2±4.9や非喫煙者の12.2±5.3と比較して有意に高かった(p<0.01)。
2)喫煙状況別の各設問のKTSND得点比較(表4
 喫煙状況別に各設問(各3点満点)の得点を比較すると、問1と問2を除く8問で有意差を認めた。
3)喫煙者の検討
 喫煙者を、身体的ニコチン依存の指標である「1日喫煙本数」および「朝の1本を起床何分後に吸うか」で亜分類した。1日喫煙本数では、10本以下のKTSNDが17.2 ± 4.5、11~20本が18.5 ± 5.2、21~30本が17.8 ± 6.3で各群間の総合得点に有意差はなかった。また起床後の最初の1本は、5分以内が19.3 ± 4.6、6分から30分までが18.0 ± 5.0、31分から60分までが17.0 ± 5.6、61分以降が16.2 ± 5.0と有意差は出なかった。禁煙のステージによる亜分類(図2)でも、Immotives(無関心期)が18.4 ± 5.6、Precontemplator(前熟考期)が18.2 ± 5.2、Contemplator(熟考期)が17.5 ± 3.3、Preparer(準備期)が15.0 ± 5.6で統計学的な有意差はなかった。
4)病院別・喫煙状況別の検討
 3病院で喫煙状況別にKTSNDの総合得点を比較した。前喫煙者と非喫煙者においては、病院別の比較で有意差はなかったが、喫煙者(図3)では、A病院19.9 ± 4.4、B病院18.6 ±4.8、C病院16.0 ± 5.1と病院間で有意差 (p<0.05)を認めた。喫煙率が最も高いC病院(34.8%)でKTSNDが最も低かった。

4.考察
 今回の病院職員を対象とした調査から、1)喫煙者のKTSND は、前喫煙者及び非喫煙者と比較して有意に高かった。2)10問の設問中8問で、喫煙状況による有意差を認めた。3)喫煙者の亜分類(1日喫煙本数、朝の1本までの時間、禁煙のステージ)では各群間で有意差は認められなかった。4)病院別の比較で喫煙者のKTSNDに有意差を認めた。という結果が得られた。
 これまでの報告3),4) やワーキンググループによる研究5) から、KTSNDの総合得点は、喫煙者>前喫煙者≧非喫煙者の傾向があり、また各設問でも喫煙状況で有意差を認めている。本研究でも同様の傾向が認められ、また喫煙状況別のKTSND総合得点も、喫煙者で17~19点台、前喫煙者で12~15点台、非喫煙者で8~12点台というワーキンググループ内での研究結果と同様の傾向を示した。
 喫煙者に関する検討では、心理的依存を包含するKTSNDは、1日喫煙本数や朝の1本までの時間といった身体的依存の指標6) やファガストローム式質問票(FTND)6) と、相関しないと報告されている3) 4) 7)。禁煙指導において、FTNDが身体的依存を評価する簡便な質問票として広く使用されている状況を考えると、喫煙者の心理的依存を評価できるKTSNDもまた、相補的に使用される価値があると思われる。一方心理的依存を間接的に反映する禁煙ステージ8) に関しては、KTSNDと良い相関を示す研究3) 4) が多いが、本研究のように相関を示さない研究7)も散見される。今後さらに種々の対象での評価を継続する必要があると思われる。
 今回の調査で興味深かった点は、病院毎に喫煙者のKTSNDが異なったことである。最も喫煙率の高かったC病院は、むしろKTSNDの点数が低かった。C病院は都心部にある野戦病院的な救急病院であり、病院長は喫煙者で病院内の喫煙所は職員が容易にアクセス出来る場所にあった。推測の域を出ないが、C病院が喫煙に甘い環境にあるため、喫煙率も高いままで、心理的ニコチン依存が低いような人でも、安易に喫煙を継続出来るからかも知れない。
 KTSNDは、まだ新しい調査票・質問票であり、研究発表もほとんどがワーキンググループ内からのものである5)。本論文もまた、種々の対象でデータを取ってKTSNDの得点を検討する研究の一つである。KTSNDが今後の禁煙推進に寄与するための役割として、著者らは以下のような可能性を考えている。
1)喫煙者で心理的ニコチン依存の重症度を判定する。2)禁煙指導に際して、FTNDと組み合わせることにより、禁煙達成を予測する。3)禁煙達成者に使用して、再喫煙の可能性を予測する。4)禁煙指導や禁煙講義の効果を経時的に把握する。5)未成年者の喫煙開始の可能性を把握する。6)学校・職場・自治体などの集団あるいは個人で、喫煙を容認する態度を把握する。7)心理学的視点からニコチン依存症を定義して、喫煙者の認知の歪みを明らかにする。
 これらの可能性を検討するため、ワーキンググループ内では以下の多彩な研究が進められている。1)質問票としての信頼性と妥当性の研究。2)種々の対象や喫煙状況におけるKTSND得点の把握。3)禁煙講義・講演・指導の前後での得点比較。4)禁煙外来での試用。5)リセット禁煙9) の効果判定。6)喫煙関連疾患患者での試用。7)他のアンケートとの組み合わせによる研究。8)小児用KTSND(標準版、市原版)の小学生での試用。9)KTSND韓国語版(KTSND-K)による国際比較。10)以上を踏まえた質問票の改良などが行われている。1)に関しては、Cronbachのα係数は0.77~0.82と算出され(北田ら、大谷ら(投稿中))、高い内的整合性を有することが示されている。KTSNDは他の質問票6) 10)とは異なり、現在喫煙していなくても回答できる内容なので、今後大きな集団や社会に対して広がりを持った研究が出来るものと考えている。

 本論文の要旨は、第24回産業医科大学学会総会(2006年10月、北九州)およびCHEST 2006(2006年10月、Salt Lake City, USA)にて発表した。

 謝辞:共著者以外の全ての加濃式ニコチン依存度ワーキンググループメンバーの日頃の熱心な議論に感謝いたします。(敬称・所属略、五十音順)
相沢政明、青柳智和、安陪隆明、磯村毅、遠藤明、大島民旗、大林浩幸、川合厚子、国友史雄、今野美紀、西條亜利子、高山重光、竹中利彦、谷口千枝、谷口治子、長野寛志、中村典生、原田正平、原田久、藤原芳人、星野啓一、眞柄佳代子、山岡雅顕

引用文献
1) 神奈川県内科医学会:タバコは嗜好品ではない. 禁煙治療のための基礎知識, 改訂版. 中和印刷, 東京; 2006, 3-5.
2) 吉井千春, 加濃正人, 相沢政明, ほか: 加濃式社会的ニコチン依存度調査票の試用(和製薬会社編). 日本禁煙医師連盟通信 2004; 13 (4); 6-11.
3) Yoshii C, Kano M, Isomura T, et al: An Innovative Questionnaire Examining Psychological Nicotine Dependence, “The Kano Test for Social Nicotine Dependence (KTSND)”. J UOEH 2006; 28; 45-55.
4) Taniguchi H, Yoshii C, Kano M, et al: The Kano Test for Social Nicotine Dependence (KTSND) Can Reflect Smoking Status and Stages for Quitting Smoking (abstract). Respirology 2006; 11 (Suppl. 5); A178.
5) 加濃式社会的ニコチン依存度質問票研究報告  http://homepage3.nifty.com/tobaccobyo/KTSND.html
Accepted for Dec. 20, 2006.
6) Heatherton TF, Kozlowski LT, Frecker RC, et al: The Fagerström Test for Nicotine Dependence: a revision of the Fagerström Tolerance Questionnaire. Br J of Addiction 1991; 86; 1119-1127.
7) 西條亜利子, 磯村毅, 高田若菜, ほか:リセット禁煙講演前後における加濃式 社会的ニコチン依存度調査票の検討(会). 日呼吸会誌 2006; 44 (増刊号); 307.
8) Dijkstra A, Tromp D: Is the FTND a measure of physical as well as psychological tobacco dependence? J of Substance Abuse Treatment 2002; 23: 367-374.
9) 磯村毅:「リセット禁煙」による心理的ニコチン依存へのアプローチ. 治療 2005; 87; 1947-1951.
10) Kawakami K, Takatsuka N, Inaba S, et al: Development of a screening questionnaire for tobacco/nicotine dependence according to ICD-10, DSM-Ⅲ-R, and DSM-Ⅳ. Addictive Behaviors 1999; 24; 155-166.



The Kano Test for Social Nicotine Dependence (KTSND) in samples from three hospital employees in Fukuoka prefecture

Chiharu Yoshii1, 9, Masato Kano2, 9, Koji Inagaki 3, 9, Masako Kitada 4, 9, Kenji Amagai 5, 9, Tetsuya Otani 6, 9, Narito Kurioka 7, 9, Sung Kyu Kim8, Yukiko Kawanami1, and Masamitsu Kido1

A smoking behavior is maintained by psychological and physical nicotine dependence. We created a new concept, “social nicotine dependence”, which contains psychological dependence, and developed a new questionnaire, “The Kano Test for Social Nicotine Dependence (KTSND)” version 2, in 2006. The KTSND has 10 questions with a total score of 30.
To investigate the validity of the KTSND version 2, we applied it to hospital employees. We delivered the questionnaire to 3 hospitals in Fukuoka prefecture and received answers from 269 respondents. They consisted of 61 smokers, 31 ex-smokers, and 177 non-smokers. The total KTSND scores of 18.0 ± 5.0 (mean ± SD) for smokers were significantly higher than those of 12.2 ± 4.9 for ex-smokers, and 12.2 ± 5.3 for non-smokers. With regard to the subject matter of the questions, there were significant differences in 8 questions out of 10 by smoking status. Although smokers were sub-classified by “cigarettes smoked per day” and “the time to the first cigarette of the day”, there was no significant difference in total KTSND scores by these factors. In addition, there was no significant difference in smokers by the sub-classification of “the stages for quitting smoking”. On the other hand, the KTSND scores in smokers showed significant differences among three hospitals, namely 19.9 ± 4.4 for A Hospital, 18.6 ± 4.8 for B Hospital, and 16.0 ± 5.1 for C Hospital. The hospital with the highest smoking rate (C Hospital; 34.8%) showed the lowest KTSND score. It may be explained that smokers who show even lower psychological dependence can easily smoke by the permissive environment to smoking.
This study demonstrated the KTSND well reflected the smoking status of the subjects and difference among hospitals on social cognition to smoking. We think continuous monitoring using the KTSND will be helpful for smoking control in various subjects.

Key words: The Kano Test for Social Nicotine Dependence (KTSND), Social nicotine dependence, Psychological nicotine dependence,
Smoker, Non-smoker

1. Division of Respiratory Disease, University of Occupational and Environmental Health Japan, Kitakyushu, Fukuoka 807-8555, Japan
2. Shinnakagawa Hospital, Yokohama, Japan
3. School of Dentistry, Aichi-Gakuin University, Nagoya, Japan
4. Faculty of Commercial Science, Sapporo Gakuin University, Ebetsu, Japan
5. Ibaraki Prefectural Central Hospital, Kasama, Japan
6. Gunma University Graduate School of Medicine, Maebashi, Japan
7. Johoku Hospital, Kyoto, Japan
8. School of Medicine, Yonsei University, Seoul, Korea
9. KTSND working group, Japan



原著論文

小学校高学年生の喫煙に対する認識と禁煙教育の効果
えんどう桔梗こどもクリニック
新中川病院内科
産業医科大学呼吸器内科
北里大学病院薬剤部
リセット禁煙研究会
千葉労災病院呼吸器センタ-内科
遠藤 明
加濃正人
吉井千春
相沢政明
磯村 毅
国友史雄
キ-ワ-ド:小児、加濃式社会的ニコチン依存度調査票(KTSND)、喫煙、心理的ニコチン依存



 禁煙を困難にする依存性は身体的依存(ニコチン依存症)と心理的依存(習慣依存)の2種類からなる。身体的なタバコ依存に対してニコチン置換療法が、心理的タバコ依存には認知行動療法が試みられている。しかし、ニコチン依存性の強さはモルヒネのそれと同等であるため1)、禁煙の維持は容易ではない。
 近年、心理的依存の中の新しい概念として社会的ニコチン依存が提唱された2,3)。社会的ニコチン依存とは喫煙を美化、正当化、合理化し、またその害を否定することにより、文化性を持つ嗜好として社会に根付いた行為と認知する心理状態をいう。社会的ニコチン依存が強いと喫煙に対する誤った認識により禁煙推進に対して抑制的な思考、行動をとりやすい。喫煙する成人ではその程度が強く2,4)、さらに前喫煙者においても社会的ニコチン依存度の高い症例が存在し4,5,6)、喫煙に寛容で喫煙を再開する可能性が高いことが危惧されている。これまで成人例を対象にして報告されてきたが、小学生の社会的ニコチン依存度を調査した報告はみあたらない。そこで、小学校高学年生の喫煙に対する認識と禁煙教育が喫煙に対する認識におよぼす影響を加濃式社会的ニコチン依存度調査票を用いて調査した。

対象と方法
①対象:北海道函館市の小学校2校の5、6年生275人に質問票を配布し、221人から有効回答を得た(有効回答率80.4%)。有効回答を得た小学校生のうちわけは男児117人(5年58人、6年59人)、女児104人(5年47人、6年57人)。
②方法:小学校高学年生の喫煙に対する考え、対象と家族の喫煙状況、禁煙教育が対象の喫煙に対する考えにおよぼす影響について加濃式社会的ニコチン依存度ワ-キンググルプが作製した加濃式社会的ニコチン依存度調査票(Kano Test for Social Nicotine Dependence:KTSND)小学校高学年標準版(表1)を用いて調査した。KTSNDの配点は問1のみ左から0、1、2、3点、問2から問10までが左から3、2、1、0点、合計30点満点とし、社会的ニコチン依存度が高いほど点数が高くなるように設定してある。禁煙教育前に調査票の表面に学年と性別を記載させ、問1から10までの質問に対して自分が最も近いと思う番号を〇で囲むように指示した。問11により本人の喫煙状況を、問12により家族の喫煙状況を調査した。禁煙教育後に表面と問1から10まで同じ質問内容がプリントしてある調査票の裏面に再度自分が最も近いと思う番号を〇で囲ませた。
③統計計算:各群間の有意差検定は一元配置分析、禁煙教育前後の各群の検定は対応のあるt検定を行い、有意水準5%未満を有意と判定した。

結果
①小学校高学年生の喫煙状況と家族構成員の喫煙者の関係
 喫煙未経験210人、喫煙経験11人。喫煙を経験した児11人のうち、家族構成員に喫煙者がいる児は10例(6.3%)、喫煙者がいない児は1例(1.9%)であった。
②各群の質問総得点と禁煙教育後の変化
 総得点は全体で5.33±4.18→1.97±2.72(n=221,p<0.01)、家族構成員に喫煙者なし4.63±3.81→1.97±2.37(n=63,p<0.01)、家族構成員に喫煙者あり5.61±4.30→1.97±2.86(n=158,p<0.01)、喫煙経験なし5.18±4.01→1.86±2.41(n=210,p<0.01)、喫煙経験あり8.36±6.12→4.09±6.04(n=11,p<0.01)と各群とも有意に低下した。喫煙経験のある児の総得点は喫煙経験のない児のそれより有意に高かった(禁煙教育前:8.36±6.12 vs 5.18±4.01,p<0.05、禁煙教育後:4.09±6.04 vs 1.86±2.41,p<0.01)。
③問に対する各得点を表2~7に示す。
 家族構成員に喫煙者のいる児の問7の対する得点は家族構成員に喫煙者のいない児のそれより有意に高かった(表2)。喫煙経験のある児の問2、5、6、8、10の各得点は喫煙経験のない児のそれらより有意に高かった(表3)。家族構成員に喫煙者のいない児の問2、3、5、9、10の得点は禁煙教育後に有意に減少したが、問1、4、6、7、8の各得点は変化しなかった(表4)。一方、家族構成員に喫煙者のいる児においてすべての問の得点が有意に減少した(表5)。喫煙経験のない児のすべての問に対する得点は禁煙教育後に有意に低下した(表6)。喫煙経験のある児において問2、3、7、9の得点は有意に低下したが、問1、5、6、8、10の各得点は変化はなかった(表7)。

考察
①家族に喫煙する家族構成員のいる小学校高学年児
 喫煙を経験した児の家庭内喫煙者がいる割合は喫煙を経験していない児のそれより高く、家族に喫煙する構成員のいる児の問7に対する得点は家族構成員に喫煙者のいない児のそれより有意に高値であった。親の喫煙は子どもの心に刷り込みを起こすことが知られており7)、子どもの喫煙開始のハ-ドルを低くする可能性が考えられる。さらに親の吸い殻を家庭内に放置することは子どもに喫煙開始の機会を容易に与えていることになる。「タバコを吸うと気持ちがスッキリする」と喫煙の効用を過大評価していることは小学校高学年において喫煙者予備軍がすで形成されていることを意味し、子どもの喫煙開始の予防に家族構成員が喫煙しないことが必要と考えられる。
 家族構成員に喫煙者のいる児の結果と異なり、家族構成員に喫煙者のいない児の問1、6、7、8の各得点は禁煙教育後に有意の変化はなかった。家族構成員に喫煙者のいる児の問1、6、7、8に対する得点は、家族構成員に喫煙者のいない児のそれらに比べて有意差はないが高い傾向があり、禁煙教育の影響が出やすかったが、家族構成員に喫煙者のいない児の得点は低いため有意差が出にくかったためと考えられる。
②喫煙経験のある小学校高学年児
 喫煙経験のある児の総得点および問2、5の各得点は喫煙経験のない児のそれらより有意に高かった。禁煙教育後、喫煙経験のない児の得点はすべての問において有意に減少したが、喫煙経験のある児の問1、5、6、8、10の各得点は変化しなかった。また、喫煙経験のある児の禁煙教育後の問5、6、8、10の各得点は喫煙経験のない児のそれらより有意に高値であった。
 喫煙経験のある児は喫煙経験のない児よりも喫煙には身体に有益な効用があると考え、自分の喫煙を正当化していることが判明した。喫煙行為を肯定的にとらえ、禁煙教育に抵抗して喫煙の効用を認める考えを変えなかったことは、喫煙経験児がすでにニコチン依存症に陥っている可能性が高いことを示している。家族構成員の喫煙、現在でもマスコミを通じて暴露される喫煙シ-ン8,9)、子ども向けの出版物などは子どもの喫煙を開始する閾値を低下させていることは明らかである。子どもの社会的ニコチン依存度を減少させ、喫煙予備軍の形成を防止するために、禁煙教育の他に、喫煙する家族構成員に対する禁煙支援、社会の禁煙区域の拡大、タバコ宣伝の規制徹底などがいっそう重要になると考えられる。

 本論の要旨は第16回日本外来小児科学会年次集会(平成18年9月3日 横浜)において発表した。

参考文献
1)Pontieri FE, Tanda G, Orzi F, et al.:Effects of nicotine on the nucleus accumbens and similarity to those of addictive drugs. Nature 1996;382:255-257.
2)吉井千春,加濃正人,相沢政明,他.:加濃式社会的ニコチン依存度調査票の試用(製薬会社編).日本禁煙医師連盟通信2004;13:6-11.
3)Yoshii C, Kano M, Isomura T, et al.:Innovative questionnaire examining psychological nicotine dependence, "The Kano Test for Social Nicotine Dependence (KTSND)". J UOEH 2006;28:45-55.
4)北田雅子,武蔵学,谷口治子,他.:加濃式社会的ニコチン依存度調査表Version 2を用いた防煙教育の可能性についての検討. 日本禁煙医師連盟通信 2006;15:9-10.
5)天貝賢二,青柳智和.:禁煙講演(セミナ-)前後における「加濃式社会的ニコチン依存度」評価の有用性(県職員・教職員編)(会).日本禁煙医師連盟通信 2005;13:26.
6)磯村毅,村手孝直,薗(石川)はじめ,他.:加濃式ニコチン依存度調査表の試用(教職員編)(会).日本禁煙医師連盟通信 2005;13:28.
7)Dalton MA, Bernhardt AM, Gibson JJ, et al.:Use of cigarettes and alcohol by preschoolers while role-playing as adults:"Honey, have some smokers". Arch Pediatr Adolesc Med 2005;159:854-859.
8)Charlesworth A, Glantz SA.:Smoking in the movies increases adolescent smoking:a review. Pediatrics 2005;116:1516-1528.
9)Sargent JD, Beach ML, Adachi-Mejia AM, et al.:Exposure to movie smoking: its relation to smoking initiation among US adolescents. Pediatrics 2005 ;116:1183-1191.

注:加濃式社会的ニコチン依存度ワーキンググル-プ
加濃正人(新中川病院内科,横浜)、吉井千春(産業医科大学呼吸器内科,北九州)、相沢政明(北里大学病院薬剤部)、青柳智和(水戸済生会総合病院)、安陪隆明(安陪内科医院,鳥取)、天貝賢二(茨城県立中央病院・地域がんセンタ-内科)、磯村毅(リセット禁煙研究会,トヨタ記念病院禁煙外来)、稲垣幸司(愛知学院大学歯学部歯科保存学第三講座)、遠藤明(えんどう桔梗こどもクリニック,函館)、大島民旗((財)淀川勤労者厚生協会附属,ファミリ-クリニックなごみ)、大谷哲也(群馬大学医学部公衆衛生学)、大林浩幸(東濃厚生病院呼吸器科,岐阜)、川合厚子(公徳会ト-タルヘルスクリニック,山形)、北田雅子(札幌学院大学総合教育センタ-)、国友史雄(千葉労災病院呼吸器内科)、栗岡成人(城北病院,京都)、今野美紀(札幌医科大学保健医療学部看護学科)、西條亜利子(東京女子医科大学付属東洋医学研究所)、高山重光(管工業健康保険組合健康管理センタ-,東京)、竹中利彦(竹中歯科医院,広島)、谷口千枝(国立病院機構名古屋医療センタ-禁煙外来)、谷口治子(札幌医科大学第3内科)、長野寛志(さおの森歯科,愛媛)、中村典生(JA共済,タバコ問題首都圏協議会)、原田正平(国立成育医療センター総合診療部)、原田久(藤沢市保健所)、藤原芳人(ふじわら小児科,横浜)、星野啓一(東葛病院呼吸器科,千葉)、眞柄佳代子(日立製作所健康管理センタ-,神奈川)、山岡雅顕(洲本市禁煙支援センタ-,兵庫)



Recognition to smoking and effect of anti-smoking education on the recognition in the upper grade students of an elementary school

Akira Endo1,7, Masato Kano2,7, Chiharu Yoshii 3,7, Masaaki Aizawa4,7, Takeshi Isomura5,7, Fumio Kunitomo6,7.

Recognition of smoking and the effect of anti-smoking education for 5th and 6th year elementary school students were investigated by the KTSND. KTSND scores were high among children who lived with smoking family members and who had experience of smoking. Social nicotine dependence was recognized even among children without tobacco use experience and smoking family members. The KTSND scores decreased after anti-smoking education. We emphasized that anti-smoking education, support of smoking cessation for family members, and prohibition of tobacco advertisement are very important to decrease social nicotine dependence among 5th and 6th year elementary school students.

Key words:children, The Kano Test for Social Nicotine Dependence (KTSND), smoking, psychological nicotine dependence.


1. Endo Kikyo Children's Clinic, Hakodate 041-0808, Japan
2. Department of Internal Medicine, Shinnakagawa Hospital, Izumi-ku, Yokohama 245-0001, Japan
3. Division of Respiratory Disease, School of Medicine, University of Occupational and Environmental Health, Japan. Yahatanishi-ku, Kitakyushu 807-8555, Japan
4. Department of Pharmacy, Kitasato University Hospital, Sagamihara 228-8555, Japan
5. Reset Behavioral Research Group, Atsuta-ku, Nagoya 456-0027, Japan
6. Department of Pulmonary Disease, Chiba Rosai Hospital, Ichihara 290-0003, Japan
7. The Kano Test for Social Nicotine Dependence (KTSND) working group



文中の誤植を訂正しました。2007年1月9日 編集委員会


歴 史
Tabakgenuss und Gesundheit(喫煙と健康)
Fritz Lickint 1936年
杏林大学第1内科客員教授 作田 学
キ-ワ-ド:フリッツ リッキント、受動喫煙、主流煙と副流煙


 ドレスデンの医師フリッツ・リッキントは禁煙学の上に大きな足跡を残している。1939年にはタバコと人体、タバコ学ハンドブック(Tabak und Organismus,Handbuchder gesamten Tabakkunde)という1232頁の禁煙学のモニュメントとも言うべき大冊を刊行している。
 これに先立つこと3年、1936年に上梓した本がこれである。1) A5版92頁からなる小さな本というか、パンフレットとも言えよう。
 はじめにの言葉で、「最近の10年来タバコの害が知られるようになってきた。タバコの乱用が人体に及ぼす影響はもっとも大切な知識であり、責任を自覚する人間ならすべて喫煙に対して態度を決定すべきである。」と迫る。

 内容は3章からなり、
1章 総論
 1.歴史
 2.植物学
 3.化学
  A. タバコの化学的組成
  B. 喫煙の際の燃焼過程
  C. タバコ煙の化学的組成
  D. タバコ煙の実験
2章 医学
 1.原理
  A. 人体内部のニコチンの動態
  B. 急性ニコチン中毒
  C. 慢性ニコチン中毒
 2.喫煙による器官の障害
  A. 神経系
  B. 感覚器
  C. 循環器
  D. 呼吸器
  E. 消化器
  F. 消化腺
  G. 内分泌腺
  H. 性器
  I. 泌尿器
  J. 血液
  K. 筋肉
  L. 皮膚
 3.タバコによる一般的な障害
  A. タバコと優生学
  B. タバコと体育
  C. タバコと学業成績
  D. タバコと癌
 
3章 補足
 1.タバコと国民経済
 2.タバコの危険に対する戦い
 3.タバコに関する文献


 主流煙(Hauptstrom)と副流煙(Nebenstrom)の別についても詳しく述べているが、この言葉もこの本が初出であろう。
 この本はいろいろの新知見で充たされている。たとえば、循環器のところでは狭心症について述べているし、呼吸器ではタバコによって肺結核の頻度が高まること、気管支の癌、喘息の頻度が統計的に高まることも明らかにしている。
 なかでも受動喫煙( Passiverauchen ) の言葉を初めて用いたことが重要である。「以前はタバコを吸入すると気管にまで達するが、それ以上は行かないと考えられてきた。これは全くの誤りであり、煙は肺胞にまで達し、そこで作用できるのである。とくにこれは普通に息を吸い込むことによってタバコ煙をも吸い込む受動喫煙の際にそうである。」(p.51)
 彼はさらに受動喫煙の害に関して1939年の書物では1章をさき、詳しく述べることになるのだ。
 この「喫煙と健康」はこれまでの文献でもその存在が知られていないというか、無視され続けてきた。しかしながら、その後の研究の方向を定めたと言う意味で、意義が深い書物である。


1) Fritz Lickint: Tabakgenuss und Gesundheit. Bruno Wilkins, Hannover, 1936.



日本禁煙学会の対外活動記録
(2006年12月)
12月 8日 タバコに関する全国規制改革要望書
NPO法人「子どもに無煙環境を」推進協議会と連名で「全国規模の規制改革及び民間開放要望の募集について」に対して20項目の要望を提出し,回答と再要望をホームページに掲載した
12月11日 JR特急「しなの」「あずさ」の全車禁煙化要請(国土交通大臣、JR東日本社長、JR東海社長に送付)
12月18日 JTの英たばこ大手ギャラハー・グループ買収に対する日本禁煙学会のコメントをホームページに掲載した
12月26日 「喫煙率引き下げの数値目標を断念」に対する日本禁煙学会コメント



日本禁煙学会雑誌
ISSN 1882-6806

第2巻第1号 2007年1月1日

発行 特定非営利活動法人 日本禁煙学会


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