2008年「タバコ:あの人にもっと生きてほしかった」コンテストのページにもどる


入賞作品

1位 やゆら望 様 「タバコにより私が失った人」


 私の父は、75才の秋に肺気腫で死にました。父は、私が生まれる前から死ぬ直前まで、タバコを吸い続けていました。
 銘柄は、ニコチンの多い「ピース」です。
 父は、元来、体が弱く・・・特に胃が弱く、何度も胃潰瘍で入院しました。私が小学校に入学する時に、血を吐き、母は父の死を覚悟したそうです。父は、手術に耐えられない体だった為、食事等に注意し、自宅療養する事になりました。
 しかし父は、食事をする事よりもタバコを好み、何度も医者に
「タバコは控えるように!」・・・と言われていても吸い続けていました。
 食事を取らずタバコを吸う為、当然、胃は荒れ・・・また血を吐き入院・・・母は、その度、苦労させられました。
 何度めかの入院は、胃潰瘍ではなく、肺結核でした。胃潰瘍での入院の時は、病室から抜け出し喫煙室や、屋上にこっそり行き、ナースの目を盗み、タバコを吸っていましたが、肺結核の時は、隔離されしっかり監視されての入院生活だったので、たぶん、タバコは吸っていなかった・・・と思います。実際、タバコを吸っていない時は、食事の量も増え、顔も少し太り、丸くなっていました。
 退院後、父は、
「医者が、せいぜい外に出て散歩するように、と言った」・・・と言って
よく外出するようになりました。
 外出と言っても、ほんの数分を日に何度も、出入りするだけだったのですが・・・
 今まで家に、こもりがちで不健康だったので、ちょっとの散歩でも、するようになった!と喜んでいたのです。
 しかし、ある日 近所の人に
「お宅の、お父さん、散歩の度に、すごい量の、タバコを吸ったはるで!!」と言われました。
 驚いて、母と確かめる為に、父が、散歩に出掛けた後を、つけて行ったのですが・・・
 家を出た途端、すぐに、タバコに火を点け始め・・・家に帰るまでの、わずかな時間に、何本もタバコを吸い続けていました!
 父が、やたら散歩に出るようになったのは、外で、こっそりタバコを吸う為だったのです。
 家に帰って来た父に
「外で、タバコ吸うてんの知ってるんやで!体に悪いから、ええかげん、やめといたら!!」・・・と言ったところ、
「うるさいわい!!一回死んだら、二回と死なへんわい!!」・・・と、逆ギレしてしまい・・・
 その後、反省するどころか、バレてしまったら、もう、どこで吸おうが同じ!とばかり、私や母の前で、堂々と吸い出す始末でした。
 そして、やはり健康状態は、どんどん悪くなり・・・呼吸をするのも苦しくなり始めました。
 「肺気腫ですね・・・呼吸器をつけた方が、良いですよ」・・・と、医者に言われましたが、なぜか、父は頑として呼吸器をつける事を拒みました。呼吸器を着けなくても、タバコを少し控えると、呼吸が楽になる・・・と、簡単に、考えたのでしょうか?
 「ニコレットを買って来てくれ!」・・・と言い出しました。
 自分では、少しでもタバコの量を減らそうと、思ったのかも知れませんが・・・
長年の悪習は止められず・・・、ニコレットをなめながらも、タバコを吸う・・・結局、タバコの量は減らず・・・ニコチンの摂取量が、ニコレットの分だけ増える始末でした。
 日常生活は、もうほとんど寝たきりになり、食事も信じられない位の少量を、一日かけて、食べるようになりました。
 母は、何とか、栄養のある物を食べてもらおうと、いろいろ工夫をして、出したのですが・・・
「口に合わない!」・・・とか
「苦しくて食べられん!」・・・とか・・・
 呼吸が、苦しいくせに、そんな時だけは、なぜか大声で怒鳴り・・・その後・・・余計に苦しくなり・・・気管を広げる薬を多用していました。
 薬は2種類あって、ひとつは、「フルタイド」という、ステロイド系の吸入する粉薬、もうひとつは「メプチンエアー」という、これも吸入するタイプのガスが出る薬で、多用すると、心臓の負担が大きくなり、突然死の危険を伴う・・・という副作用が心配な薬です。
 しかし、そんな中でも、日に何回かは、寝床から起き出し外へ行き・・・、苦しいくせにしゃがみ込みながらも、タバコを吸い・・・そして更に苦しくなって、薬を多用する・・・そんな日が、続きました。
 もはや、母の言う事も、私の言う事も、父の耳には届きません。
 そんなある日、元気だと思っていた母が、すい臓ガンで、他界しました。
 私も、まわりの人も、父より先に母が逝くとは思いませんでした。
 母は、体の具合が悪いのを、ずっと私達に黙って、父の世話をしていました。
 父の具合が悪いのに、自分までも具合が悪いとは、言い出せなかったのです。
 父の場合は、自分の性格の弱さから自分で作った病気で・・・冷たいようですが、自業自得の結果です。
しかし、母の場合は、そんな父に振りまわされ、苦労の末に、ガンにかかり亡くなってしまいました。因果関係は、わかりませんが私のまわりで、ガンにかかって亡くなった人は、みんな何故か、がまん強い人ばかりでした。体質的に、がまん強い人は、がまんしすぎて体の内の細胞が狂ってしまいガンになるのでは?・・・と疑ってしまいます。
 父は、母の死後3年半、長らえました。
 父の死は病院のベッドで呼吸が出来なくなり亡くなりました。最後の方は、自分で呼吸できないので酸素マスクをつけ、時々痰がつまるので、チューブで吸い出してもらっていました。
 最期は、意識が無い状態で血圧が低下し亡くなりました。最後の入院は一年間に二度転院させられ・・・10ヵ月程、入院していました。
 入院生活が、長かったのと、今までの父のしてきた事が許せず・・・母の時は、毎日、つきっきりで病院に居たのに・・・父に対しては、冷淡な気持ちでいました。
 確かに苦しんでいる父を見て
「かわいそうだ・・・」とは、思いましたが・・・
 あの時、タバコを止めていたら、こんな事には、ならなかったのに!!という強い怒りを感じる方が、多かったのです。
 結果、父は、タバコに殺されました。
 しかし、私から見ると、母も、タバコが止められなかった父により、命を縮められたような気がしてなりません。
 今日のこの作文は、多分、主催者の人の趣旨からは、少し、ずれるかも知れません。私は、タバコを吸って死んでしまった父より、タバコは吸わなかったけれど、 間接的に、タバコに迷惑をかけられ死んでいった母の死を悼みます。母には、もっと生きていて欲しかった・・・。もし生まれ変わりがあるなら、
 今度は、タバコを吸わない、心身共に健康な人と一緒になって欲しいと願っています。
 そして父には、あの世でもっと強い
「タバコを止める!」という精神力を養って欲しいと思います。
 淋しいですが・・・父の死を心より悼む事は出来ない悲しい娘です・・・


解説
(日本禁煙学会)


 肺の中には肺胞という小さな風船のようなものがたくさんあって、それが呼吸により膨らんだり縮んだりして酸素と二酸化炭素を交換しています。長期間タバコを吸い続けると肺胞の壁が壊れて、肺が膨らんだまま弾力がなくなって縮まなくなり、二度と元に戻らなくなります。これがお父様の罹られた肺気腫で、最近ではCOPD(慢性閉塞性肺疾患)と呼ばれています。20年以上タバコを吸い続けると、多くの人にCOPDの徴候がみつかりますが、かなり肺胞の破壊が進まないと症状は出ません。

 初めは運動すると息切れがする程度ですが、進行するとじっとしていても息が苦しくなり、ついには酸素吸入をしないと生きていけなくなります。全国で約530万人が罹っていて、その約90%は喫煙が原因といわれています。医者に「呼吸器をつけたほうが良いですよ」といわれたのはおそらく酸素吸入器のことではないでしょうか。酸素吸入をしないと生きられないような状態になってもタバコを止められない人は少なくありません。
 酸素吸入をしながらタバコを吸うのは非常に危険で、実際酸素にタバコの火が引火して焼け死んだ方が何人もあります。それほどタバコの依存性は強力です。なお、胃潰瘍や肺結核も喫煙している人の方が罹りやすいという多数の研究があります。

 お母様の死因の膵臓がんは、喫煙との関係が明らかでタバコを吸っていると1.6~3.9倍膵臓がんになりやすいとされています。
 受動喫煙との関係も疑われています。タバコから立ち上る煙には喫煙者が吸い込む煙よりもはるかに多量の有害物質が含まれており、職場や家庭で日常的にタバコの煙にさらされていると、タバコを吸う人と同じくらい発がん物質を吸い込むといわれていますので、お母様のがんも受動喫煙が関係している可能性は否定できません。