2008年「タバコ:あの人にもっと生きてほしかった」コンテストのページにもどる


入賞作品

3位 宮尾 美明 様


 真っ青な空を背景に、つるりと巨大な岩牡蛎を一口で放り込んで、「もう一つ食べる!」更に大きな岩牡蛎をつるりと飲み込み、「おいしい!」目を細める。
「どうしても食べたい」アワビの踊りを、涎が出そうなくらいじっと眺め、「おいしい!」と連発して食べる食べる。
「みんな試食しよう!」出された京都の漬物屋さんの店先でことごとく試食し尽くして、「こんなおいしいものはない!」そう言って買いまくった。
 みんな違う旅行の、みんな違う場所なのに、理絵との思い出にはなぜかみんな食べ物がついて回る。決まってこれ以上嬉しい顔はないだろうと思うくらい、素敵な笑みを浮かべ、実にうまそうに完璧に食べ尽くす。あんなに見事な食べっぷりも、あんなに健康に満ちた顔もあんなに純粋で明るくて、何より生きていることを感じさせる生徒も見たことがない。

 理絵に出会ったのは、彼女が中学一年生の時。楽しいクラスの中心に彼女がいた。他のメンバーも最高で、私がたくさん出会ったクラスの中で一番印象に残ったクラスかもしれない。転任を翌年に控え、その学校の最後のクラスだった。最後のクラスで中学一年のたった一年間しか受け持っていなかったのに、そのクラスの生徒との付き合いは多分一生続くだろうという感じだった。子供ばかりでなく母親との付き合いも深かったせいかもしれない。
 理絵とは中学を卒業して高校に入っても、短大に進学しても就職しても結婚しても、決まって一年に何度か会っていた。私の展覧会や個展にもクラスの仲間の集まりにも決まって顔を出し、持ち前の底抜けの明るさで、一気に場を最高の雰囲気に盛り上げてくれた。彼女の明るさとバイタリティーには誰も舌を巻いた。仕事でもめきめき頭角を現し、とにかくどこのどんな場所にいても目立ったし、理絵を知らない人など居ないくらい特別の存在感があった。私にとっても数知れない教え子の中で特別の生徒だった。

 そんな彼女に一つだけ心配なことがあった。旅行中、
「先生ちょっといい?」
 そう言ってこっそりタバコを吸うのである。
「子供作らなきゃいかんから、やめなよ」
 何度もそう言った。
「分かってる」
 そう言いながら彼女がタバコをやめることはなかった。彼女のタバコを吸う姿は堂に入っていたし、噴き出す煙の高くのぼる様も私には想像がつかないものだった。

 二年前の夏休み、私の展覧会が開かれていた県の美術館で、相変わらず底抜けにユーモアに満ちた明るい理絵がいた。当時の仲間とともにひときわ目立って、
「先生の絵、最高!」
 大きな声でそう言って、みんなに説明していた。その説明がまた奇妙におかしく、みんなはくすくす笑っていた。美術館という厳粛な場所なのに、なぜか理絵の態度を叱るどころか同じく私も大勢のお客さんとくすくす笑っていた。
  その後、別の学年の生徒やら、私の友人やらとたくさんの人と一緒に喫茶店に入っても、理絵のジョークは止まるところがなく、老若男女私の知り合いがみんな理絵の豊富な話題に盛り上がった。
「この世の中にあんな楽しい子がいるのね」
 私の友人はそう言って涙を流して笑い転げた。
「先生!次はいつ?」
 夏休みだった。
「う~ん、十日後かな」
「よっしや!今度はカラオケやろう!」
 そう言って、仲間と一緒にバイバイと手を振って美術館のエレベーターから去っていった。

 十日後、彼女は突然のくも膜下出血で倒れた、そして、一週間後、帰らぬ人となってしまった。まだ三十四歳。大切な大切な教え子だった。
「先生!理絵で〜す」今もその声は耳元から離れない。